戊辰戦争終焉の地
五稜郭は函館にある星型の形をした城のことで、正式には亀田役所土塁といいます。基本的に五稜郭とは、星型の形をした土塁広くを指し、長野に龍岡城も五稜郭といえますが、一般的に五稜郭というと、函館にあるこちらの五稜郭を指します。もともとは、日米和親条約によって函館が開港するのにあたり、函館の防衛力を強化しようと13代将軍・徳川家定の命で築造されました。城と言うと、姫路城のように石垣を積んでその上に立派な天守が乗ったような城を想像すると思いますが、こちらにはそういった店主は一切ありません。外国ではすでに大砲を使った戦が主だったので、こういった外国の脅威に対抗するために、主に大砲を意識した作りになっています。明治元年、旧幕府軍筆頭であった元新選組副長の土方歳三と、幕府軍海軍中将の榎本武揚は、この五稜郭に立てこもって新政府軍に最後の抵抗を試みました。一時は蝦夷共和国を作り、自分たちの政治を確立した彼らでしたが、圧倒的な戦力の前に敗れ、最終的にはこの五稜郭は戊辰戦争終焉の地となったのです。現在では戊辰戦争で破壊された函館奉行所が再建されて、当時の姿をそのまま今に伝えています。